地震大国日本まとめ
今回は、「地震大国日本」のまとめです。
9月13日のブログにも書きましたとおり、3月11日に東京におりました私は、新橋の某ビル内で開催された研修会の途中で地震に遭遇しました。
その後研修会は中止され、私は帰りの飛行機に乗るべく、羽田空港を目指すことにしました。
当然ですが、この時点で電車は1本も動いていません。
そこでタクシーを拾おうと思い、30分以上、新橋界隈で努力しましたが、全くつかまえることができません。
みんな同じことを考えているのですね・・・![]()
「このままではらちがあかない・・・・」そう思った私は、意を決して、とにかく歩くことにしました。
向かう先は、品川です。
その時は何故か、とにかく品川に行けば何とかなるのではないか?と思っていたと思います。
地理に不慣れな私ではありましたが、道路標識と、人の流れを頼りに、こんな時に限って持ってきた重い荷物を担いで一生懸命歩きました。
しかし、品川へと向かう気力は長くは続かず、途中、浜松町駅に寄ることにしました。
もしや浜松町駅からモノレールが出ているのではないかとの浅はかな期待によるものでした。
浜松町駅に着いた私は、駅構内にたたずむ多くの人たちを見て愕然としました。
やはりモノレールは動いていなかったのです。
当たり前と言えば当たり前なんでしょうが・・・。
このあたりで気力は半減し、半ば諦めムードが自分の中に漂いつつありました。
何せ、ここでも、タクシー乗り場でタクシーを待つ人の列は尋常ではありませんでしたし、何よりタクシーが来ないではありませんか。
後で気が付いたのですが、タクシーなど来るはずもありません。
その後再び、気力を振り絞って品川に向かって歩き出した時にわかったのですが、道路は大渋滞で車は全く動いていません。
品川に着くまでに、いったい何台の車を追い越したことやら・・・。
そんなこんなでようやく品川(駅)に着いた私はここでも愕然とすることになります。
電車が動いていないのは当然ですが、駅に群がる人だかりときたら・・・。
品川駅近くにある「品川プリンスホテル」にも寄ってみたのですが、宿泊できるわけもなく・・・。
名案を思いつくこともなく、このまま「帰宅難民」かと思われたその時、『新幹線』が動くとのアナウンスが!
翌日に娘の卒業式をひかえていた私は、一刻も早く、東京を離れ、少しでも島根県に近づこうと思い、新幹線の切符を求める長蛇の列の最後尾に並んだのでした。
この時の時間は、既に夜8時をまわっており、地震発生から5時間以上経過していたのでした。
なお、新橋から品川までは、5km少々の道のりだったと思います。
下の地図をご参照ください。
私が乗った新幹線は、新大阪止まりで、(と言っても、地震発生後の新幹線は新大坂以西には行きませんでしたが。)私も仕方なく新大阪で降りることになりました。
その後、在来線の最終電車で梅田に向かい、カプセルホテルにたどり着くことができ、ようやく落ち着いたのは、午前2時をまわっていました。
翌日は、伊丹空港発の1便で出雲空港に向かい、何とか娘の卒業式に間に合いました。
NHKでも放映されていたので、既にご存じの方も多いと思いますが、下の写真は気仙沼市立階上中学校の卒業式に梶原裕太君が述べた答辞(全文)です。
平成22年度文部科学白書に掲載されたものを転載したものです。
天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていく・・・・・
大地震などの自然災害に対する時、人間はあまりにも無力です。
それでも、このような気丈な子供の姿を見たとき、今私達大人に出来ることを考え、それを行動に移していかなければならないと強く思うのでした。


